大切なのは「土中環境」
私たちの平地の杜づくりは、一般的な森づくりのように、大量の山土で盛土をしたり、部分的に土を入れ替えるなどし、すぐに等間隔で木を植えるということはしません。
土中環境とは、見えない土の中から健康な状態を保たねばならない。荒廃した環境の再生に取り組んできた高田宏臣氏によってうまれた言葉です。
昔の人は、様々な土木造作を行い、沼地のような場所でさえ耕作可能で安全に暮らせる土地に変えてきました。そんな伝統的な土木の視点は、常に土中と地上を行き来する水と空気の流れの健全化にありました。
~環境が悪くなる悪循環~
1.土中の水と空気の健全な流れが滞る
2.呼吸を必要とするそこで生きる植物の根にも、水と空気が円滑に供給されず健康を保つことができない
3. 植物が健康でないと、水を貯えることのできる土壌層は薄くなる
4.雨水が深部まで染み込まずに表層土中に停滞
5.表層と深層の水と空気の動きを分断
6.深部への浸透も、深部からの水分供給も妨げ、乾燥と滞水を繰り返す
7.植物根にとっても、菌類微生物にとっても過酷な環境を作ってしまう。
このように悪循環を引き起こした大地では、植物同士の共生関係が崩れ、水や養分の奪い合いが始まり、植物種が減少していきます。
同時に、地上部分でも植物がぶつかり合い、スペースを分け合うことなくつぶし合うという、不毛な競合が生じるのです。それが、私たちが目にするヤブ化です。
平地の杜づくりにおいても、そんな見えにくい土中環境に視点を向けることで、健康な環境を取り戻していくことを大切にしていきます。
大地は、水と空気、植物の根、菌糸から成り立っています。
健康な森の土中環境は、土壌にさまざまな大きさの空隙が育まれ、そこを水と空気が良好に行き交います。
木や草は、この空隙に根を伸ばし、水を吸い上げて土中の水と空気の循環をさらに促します。菌糸は土壌中に網の目のように広がり、土壌の空隙を保持し、さらには土中の養分や水、情報の伝達を担います。
健康な森に降りそそいだ雨水は根や菌糸を伝って深く浸透していき、土壌全体がうるおって健康な状態が保たれます。
一方で、不健康な森の土中環境は土壌の空隙が少なく、水と空気の流れが滞り、菌糸が衰退し、土壌は自らの重さで空隙を押しつぶしてしまいます。そして、土中の表層で水と空気が停滞し、深部が乾き、根が枯れて地上部の森が荒廃してしまうのです。
~ 2021年 9月 施工ワークショップの様子を一部ご紹介いたします ~
>> STEP1 ヤブ(藪)払い
現状の集落跡地を見てみると、大地が森へと還ることの妨げとなる悪循環が起こっていることが分かりました。このままでは、地面に木を植えても中々育ちません。
①水の滞り→水の滞りから地面の硬化、スコップは10㎝以上入らない。
②地面は固く、木が根を深くまで張ることができない→根を深く張れないため、水を十分に吸い上げられない。
③最終的に幹が乾燥してしまい、樹木は弱っていく一方。
その悪循環を生んでしまう大地が集落跡地に広がっていたのです。技術指導の高田さんは「土地とともに木が育っていく」と言います。まずは、山際から広がる土中のうるおい、水や空気の流れなどの土中の環境を見直していきます。大地が乾燥している状態では、乾燥に適応した特定の植物だけが生い茂っている状態です。ここでは、マメ科のつる植物や笹、セイタカアワダチソウなどでヤブになっていました。
>> STEP 2 水と空気の流れの確保
1. 溝堀・縦穴
水と空気の流れを変える第一段階として、溝掘りをします。溝を掘ることによって、土中で滞っていた水と空気の流れが取り戻されます。
かつて住宅や畑、田んぼなどがあったこの集落跡地には、地形の際(きわ)に、水や空気の流れを考えた造作の名残だと思われる溝の跡や、石垣の崩れた跡がありました。この名残を活かして溝や縦穴を掘りました。
2. 焼杭打ち
溝を掘ると、土中の水が集まっていきます。そこに焼杭や、伐った竹を再利用して作った杭を打ちます。そうすることによって水をさらに土中奥深くまで導き、菌糸 ※が染み込んで養成されます。
溝には、竹炭やもみがら燻炭、有機物を層にして入れていきます。こうすることで、菌糸が育ちやすくなります。
健康な森では、発生した土中菌糸が接着剤のような役割を果たし、様々な大きさの土壌粒子を結び付けてスポンジのような構造となり、様々な大きさの隙間ができて、水と空気が通るようになっているのです。
地下と地上との空気の流れを作り出すことで、地上部と地下部との温度差がそよ風を生み出し、それが温度湿度の恒常性の高い森の心地よさを作ることに繋がっていきます。
※菌糸…菌類の体を形作る非常に細い糸状の細胞や細胞の列のこと。
3. 階段や枝がらみ
高低差のある斜面は、焼杭、竹、枝を利用した枝がらみ(土留めのようなもの)や、階段状にします。これもまた、水と空気の流れをよくするために行います。
>> STEP 3 小さな杜をつくる
1. マウンドづくり
溝掘りをした際に出てきた泥土や石はそのままにせず、マウンドづくりに最大限に活かします。有機物と炭を交互に重ねて、その周りに枝をからめて鳥の巣のように枠を形作っていきます。地中で微生物が活発に活動できる環境づくりの手助けをします。
2. 植樹
マウンドに苗木を植えていきます。大地との高低差をつくることで、水と空気が動きやすくなり、そこに小さな森になるように様々な樹種を密植します。
異なる樹種を共生させることで、それぞれの木に違った菌糸や微生物が集まり、土中に菌糸のネットワークが効率よく広がり、早く木が元気になる環境を作り出します。
ここでご紹介したのは、ごく一部の造作です。ここまでの流れの中には、沢山の細やかな造作がありました。五感をフルに使い、樹木が大きく育った時に、林床に点々と降りそそぐ光の様を想像しながら、樹木がどちらを向いたら気持ちが良いかなども考え丁寧に植えていく作業は、本当に気持ちの良いものです。
最後に、植えた苗木に水を与えるときは、何とも言えない嬉しさと充実感。沢山の皆さんに体験してもらいたいなと思いました。
※林床…森林の地表部分
「土中環境」の著者である高田宏臣氏に技術指導、およびアドバイザーとしてご指導頂き、土中の健全な環境を取り戻す造作から初めていきます。
土中環境について詳しくお知りになりたい方は、どうぞ
高田宏臣氏 著「土中環境 ~忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技~」をお買い求めください。
幣社の事務所においても販売いたしております。